要約 書評

利己的な遺伝子で絶望的な衝撃を受けて古典から生きる意味を考えてみた。

リチャード・ドーキンス著『利己的な遺伝子』で

人間は遺伝子という名の利己的な分子を保存するべくプログラムされたロボット、すなわち機械であると言っている。

 

これを読んで絶望感が生まれた。そして疑問が生まれた。生きている意味とはなんだろう?

その時にふと古典に立ち返ってみた。

中国の思想家 荀子の考え

この利己的な遺伝子と荀子じゅんしの考えはどこか合致する部分があると感じた。

荀子とは中国の思想家で性悪説を説いた人物で人は生まれながらに悪であると言っているのだ。

利己的であるということは、すなわち性悪説であるという考えである。

人は生まれながらにして利己的であり、悪であるという事だ。

ここで話は終わったら絶望感は増してしまうのだが

しかし、環境が人を育てていくのだ。と荀子は言っている。

「干越夷貉(かんえついばく)の子、生まれて声を同じくし、長じて俗を異にするは、教え、これをして然(しか)らしむ。」と荀子にこのような言葉がある。

4つの州(干・越・夷・貉)で生まれた赤ん坊は、鳴き声は全員同じである。ところが成長していくにつれて文化や習慣が違ってくるのは教育がそうさせるのである。ということである。

よって聖人であろうが小人として歴史に残った人物でも生まれ時は鳴き声は同じで、何も変わらないが生きた環境により何者にでもなれるというわけだ。

これは我々に心強い希望を持たせてくれる。

 

人は何者にでもなれる

同じように福沢諭吉氏は著書『学問のすすめ』の中で「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」と言われている。

つまり、天が人を生み出すに当たっては、人は皆同じ権利を持ち、生まれながらに身分の上下はなく、この世界の色々なものを利用して、衣食住の必要を満たし、自由自在に、またお互いに人の邪魔をしないで、それぞれが安楽にこの世を過ごしていけるようにしてくれているということだ。

さらに福沢氏は続けて「人は学ばなければ、智はない。智のないものは愚かな人である」と。これは荀子にもつながりますね。

学ぶことで、人は何者にでもなれるということです。逆に学ばなければ人は何者にもなれない。

では、私たちはなぜ生きていくのだろうか。

遺伝子を繁栄させるため。すなわち子孫を残すことだと利己的な遺伝子には書いてる。しかしそれではあまりにも、そっけない。

そこで、もっと抽象的に考えてみれば次に繋げていくということだと思う。次の世代に何かを渡していく、残していく。受け継いでいく。

我々が今、当たり前に触れているスマートフォンや通勤・通学で使っている電車、車。全て先人たちが残したくれたもの、繁栄させてくれた証なのである。

そう考えると繁栄させるということは、自分が生きた証を世の中に残していく(繁栄していく)ということなのではないだろうか。

そのためにどうするべきなのか

利己的であるけれども利他的になろうという気持ちを持っていくということが大事ではないかと思う。

荀子が説いた性悪説というのは救いようのない言葉にも聞こえて絶望感を与えてしまうかもしれない。

ただ、人は悪いことをしたいのではなくて、悪いことをせざる得ないときが出てきてしまうというのが正しいのではないかと思う。

なぜなら人はとかく弱い。弱いからこそ自分を守るために周りを傷つけてしまう。騙したり、嘘をついたり。それは人間が弱いから自分を守るための手段としてしまうのではないかと。

弱いけれども、正しく生きようとする気持ちが大事なのである。

人が強く・正しく生きるためには、真心と思いやりの心の2つであると考えている。これは中国の思想家孔子が言っている。

中国の古典『論語』の中で、孔子の弟子である曾子が孔子の進む道は1つである。忠恕のみと。言っております。

忠恕とは「己に正しく良心を偽らない(真心・忠)と誠心誠意相手の立場に立って考え行動する心(思いやりの心・恕)」です。

論語という古典と経済は一致すると考え、一生を論語で貫いてみせると言った実業家の父である渋沢栄一氏の著書『論語と算盤』で士魂商才という言葉があります。

武士の精神と、商人の才覚とを併せ持つという意味です。

人の世の中で自立して生きていくためには武士のような強い精神が必要である。しかし、今の現代を生きていくためには商才もないといけない。

商才も道徳を根底としているから、嘘や外見ばかりだけで利益を得ているようなことは本当の商才ではないと。

京セラ創業者の稲盛和夫氏の著書『京セラフィロソフィ』の中で「愛のある人間なんているわけがない、いないけれどもそういう愛のある人間になろうと思い続けるのが大事なのだ。」と言っております。これこそ、素晴らしい言葉であると思った。綺麗事抜きに自分が利己的であると認めた上で愛のある人間になろうと思う事が大事であると。

また、稲盛さんの言葉に「人生・仕事の方程式は考え方×熱意×能力」で決まるという本当に素晴らしい言葉であります。正し考えを持った上で、行う行動こそが正しい、行動が正しければ、結果も正しいということになるということです。

人間として正しい考えを教えてくれる言葉こそが論語の孔子の目指した道「忠恕」ではないかと思うのです。

相手の立場に立って考えて行動できる人こそが強く正しい人間であると思う。

最後に

生まれた時には人間は利己的な遺伝子を運ぶ機械でしかないのかもしれない。

そうだと分かった上で利他的になろうとする気持ち・姿勢というのが人間を育てていくのでしょう。

そして正しい考えを持って次に繋げていける何かを生み出す事こそが自分がこの世に生きた意味となるのではないでしょうか。

 

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